2011年03月18日

昭和56年災害

 わりとブックマークしてくださってる方もいらっしゃるようなので、何か書きます。

 さて、私ことPSY−10が、こういう活動をするには理由あります。
 実は私も災害体験者だからです。

 とかいう理由だとドラマチックですが、別にそういうわけではありません。

 ですが、災害体験者だというのは本当です。

 体験したのは日記のタイトルにもなっている「昭和56年災害」

 災害内容は

時期:昭和56年8月3〜6日
原因:前線と台風12号による
降雨量:岩見沢410mm、札幌294mm、雨煙別257mm
被害内容:石狩・空知支庁管内、死者2名、住家全壊6戸、半壊16戸、床上浸水4,819戸、床下同15,443戸、田畑流失132.9ha、田畑被害73,824ha、河川決壊1,012箇所、道路損壊312箇所、橋梁流失36箇所、山崩れ8箇所
kouzui_01_l.gifkouzui_02.jpg

 こんな感じ。
 実際に住んでいた場所は写真の場所から2〜3Kmくらい南側ですが。

 家の敷地内に川が流れているという環境だったのもありますが、 「あー、床上浸水しそうだ。二階の床上に。」程度の話で、家も無事でした。
 当時は農家だったので畑、田んぼは酷いありさまでしたが。

 まぁ、今災害に合われている方々に比べれば、たいした被害ではありませんが、さすがに避難はしました。

 ここで、大変な苦労をして・・・というと、ドラマチックなんでしょうが、農家→高台の農家だったので、肉魚を除けば食べ物にも不自由なく、寝る場所にも不自由なく、子供だったので、出来ることも、しなくちゃならないことも「ちゃんと生きている事。」だけでしたので、特にコレと言った苦労はしてません。

 逆にこれらが無かったら…。と、思うとゾッとしますが。

 ある程度、水が引いていくと復旧という名の後片付けをしなくちゃならないわけですが、父方も母方も女系一族ということもあり、親の姉妹の旦那さん(サラリーマン)とかがお見舞い&手伝いにくるわけですよ。

 カラ手で。
 いや、今、考えれば、いくらか包んで持って…きてなかった気がする。

 で、手伝ってはくれるのですが、なにせ周りはみんな農家ですから土いじりも機具も車両も動かすのはプロですので、それに比べると何段も落ちちゃう。

 かといって、善意で来てくれているのですから、無碍にもできず、食べさせるものは食べさせ、飲ませるものは飲ませ、寝る場所もつくらなきゃならない。
 それに加えて、帰る時には、「ありがとうね」と、米の一袋でも、野菜の一袋でも持たせなきゃならない。

 もう、どっちがどっちの為になっているのだか判らない状態。

 ぶっちゃけ足手まといでした。
 プロに任せろと。

 そうでなければ、子供の自分たちのように「邪魔にならないようにだけしておけ。」と、子供心に思いました。

 まぁ、私の方は過ぎてしまえば何もかもが全て良い思い出程度の話ですが、被災地の現状も(規模に違いはあるものの)似たような状態でしょう。

 今はまだプロに任せる段階です。
 「プロの邪魔をしない。」と、いうのも立派な支援の一つです。

 皆さんもお気をつけください。

 あと、不安を煽ってばかりの上、現場の邪魔をしているテレビ局はなんとかならんのかアレ。 

posted by PSY-10 at 20:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/191300503
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
<< 2011年09月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。